仙台高等裁判所 平成11年(ネ)278号 判決 2000年7月07日
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 被控訴人の附帯控訴に基づき、原判決主文一項を次のとおり変更する。
控訴人は、被控訴人に対し、九〇〇万円及びうち七五〇万円に対する平成一〇年三月二六日から、うち一五〇万円に対する平成一二年一月二七日から各支払済みまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴費用は、控訴人の負担とし、附帯控訴費用はこれを三分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 本件附帯控訴を棄却する。
4 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。
3 控訴人は、被控訴人に対し、一二五〇万円及びうち一〇〇〇万円に対する平成一〇年三月二六日から、うち二五〇万円に対する平成一二年一月二七日から各支払済みまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。(請求の拡張)
4 控訴費用及び附帯控訴費用は控訴人の負担とする。
第二事案の概要
一 本件は、被控訴人がα大学大学院国際文化研究科言語コミュニケーション論講座に在学中に、指導及び論文審査の担当教官であった控訴人から、性的な言動によって学習研究環境を害されて学問、研究を享受する利益を侵害されるとともに、性的関係を強要される等されて性的自由を奪われるなどの人格権の侵害を受けた上、被控訴人の被害申告を受けて右研究科が実施した事実調査の過程においても、控訴人が虚偽の弁明をしたことなどにより、著しい精神的苦痛を与えられたとして、民法七〇九条、七一〇条に基づき控訴人に対し、慰謝料一〇〇〇万円及び遅延損害金の支払を求め、原審が控訴人に対し慰謝料七五○万円及び遅延損害金の支払を命じたところ、控訴人が控訴し、当審で被控訴人が、附帯控訴して原判決で棄却された部分の認容と第一、二審の弁護士費用二五〇万円及び遅延損害金の支払(請求の拡張)を求めた事案である。
二 争いのない事実、証拠によって容易に認められる事実、当事者双方の主張は、次のほか原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決一一頁五、六行目「研究室を施錠して」を「研究室において」と改める。
2 同一二頁八行目「あったとして」の次に「A科長名による」を加える。
3 同二八頁一行目「フランス語が」から同二行目「難しく」までを、「きわめて高度の専門的知識が必要とされる博士論文を作成するについて指導することは、フランス語が専門の控訴人がこれを行うことが難しく」と改める。
4 同三三頁二行目「慰謝料」の次に「及び弁護士費用」を加える。
5 当審における被控訴人の新たな主張
被控訴人は、本訴提起前、本件について控訴人の謝罪及び損害の回復を求めて控訴人と交渉したが、控訴人はこれに応じようとしなかったため、訴訟代理人らに依頼して本訴を提起せざるを得なくなり、また、原判決に対し控訴人が控訴したことにより、右代理人らに依頼してこれに応訴せざるを得なくなった。
被控訴人は、右代理人らに対して、各所属弁護士会の報酬規定に従って、第一、二審着手金及び報酬金として合計二五〇万円の支払を約したが、これは控訴人の不法行為により被控訴人が被った損害である。
6 当審における控訴人の新たな主張
仮に、本件において控訴人が被控訴人に対し慰謝料を支払うべき不法行為があったとしても、控訴人が被控訴人に対してそのような行為に出たのは、控訴人において被控訴人の言動から被控訴人が自己に対し恋愛感情を抱いているものと誤信したことによるものである。したがって、控訴人が本件のような行為に出たことについては、被控訴人にも責任があり、これは慰謝料算定に当たり減額事由となる。
第三当裁判所の判断
一 本件の事実経過については、次のほか、原判決「事実及び理由」欄「第三 争点に対する判断」の「一 本件の事実経過」に説示のとおりであるからこれを引用する。当審で取り調べた証拠によっても、これを改めるべきところは認められない。
1 原判決三六頁末行「甲四五」の次に「、甲六一の四の五の一頁」を、同四二頁一行目「甲一〇」の次に「、甲二三」を、同五〇頁六行目「(甲六一の」の次に「二の二の一七頁、甲六一の」を、同五三頁三行目「二五」の次に「、甲六一の二の二の一〇頁、乙一二」を、同五六頁五行目「四六」の次に「、甲六一の四の五の七頁」を、同六〇頁末行「三頁」の次に「、甲六一の四の三の六頁」を、同六二頁一〇行目「五頁」の次に「、六頁」を各加える。
2 同三九頁九行目「一八頁」を「一五、一八、一九頁、当審証人B」と改める。
3 同四〇頁四行目「同月末」を「同月下旬」と改める。
4 同四八頁末行「瘉され」を「癒され」と改める。
5 同四九頁三行目「繰り返した」の次に「(甲六一の四の五の三頁)」を加える。
6 同五四頁一行目「一五日」を「一六日」と改める。
7 同五五頁三行目「断った」の次に「(甲六一の四の三の八枚目)」を加える。
8 同六〇頁一行目「三八」を「三」と改める。
二 争点1(不法行為の成否及び内容)についての当裁判所の判断は、原判決「事実及び理由」欄「第三 争点に対する判断」の「二 争点1(不法行為の成否及び内容)について」に説示のとおりであるからこれを引用する。
なお、控訴人の主張に関連して若干付言する。
控訴人は、当審において、被控訴人が平成九年四月になってから平成六年一○月中旬に遡って、いわゆるセクハラがあったと言うことは理解に苦しむ旨主張する。
しかしながら、前記認定の事実経過によれば、被控訴人と控訴人との関係は、平成六年一〇月中旬以降、次第に教育上の支配従属関係が強化されていったものであり、それといわば比例するような形で控訴人の被控訴人に対する性的行動がエスカレートしていったもので、このような状況のもとで、平成七年五月ころから不安神経症に罹患し、その症状に改善の見られなかった被控訴人が、控訴人の行為の真の意味を自覚し、適切な対応措置を講ずることができずに、控訴人による前記認定の諸行為をいわばなす術もないままに受け続けざるを得ないでいたものである。そして、同年八月交際相手と別れることを余儀なくされ、控訴人と三回目の肉体関係を持ったことで、惨めな気分に陥っていた被控訴人に対し、控訴人が非情な言葉を吐いたことなどがきっかけとなって、被控訴人は、次第に右行為の真の意味と自らの立場を認識し始め、以降、控訴人の要求を拒んだり、第三者に自己の被害を訴えることができるようになり、平成九年四月、組合を通じてA科長宛にセクハラ被害を理由とする控訴人の懲戒要求をするに至ったものと理解することができ、控訴人指摘の点は、前記認定の妨げとなるものではない。
また、控訴人は、被控訴人がいわゆるセクハラ行為があったとしている平成六年一〇月中旬から平成八年三月までの期間は、論文作成や研究発表等の被控訴人の業績ができあがった時期と重なっており、「極限的」とでも表現せざるを得ないようないわゆるセクハラ行為を受けながら、論文作成や共同発表に関わる指導が継続的に行われたというのは不可解で納得できないと主張し、当審証人Bも同様の証言をし、その陳述書(乙一一)にも同旨の記載があるが、前記認定事実によれば、この時期は、被控訴人にとって、自己の研究者としての将来を左右し兼ねない論文作成や研究発表を控えていたので、被控訴人としては、これらの作業や評価につき影響力をもつ控訴人の意思に逆らえなかったし、これに加えて、被控訴人は不安神経症に罹患しており、控訴人の行為に対し適切な対応措置をとり難い心的状態にあったことが認められるのであるから、控訴人の指摘する事情を考慮してみても、被控訴人の主張を一概に不可解と論難するのは当たらない(なお、被控訴人がその業績を上げ教官に採用されるため控訴人を利用し、後になって控訴人を陥れたといった事情は認められない。)。
三 争点2(慰謝料及び弁護士費用の金額)について
争点2のうち、慰謝料についての当裁判所の判断は、原判決「事実及び理由」欄「第三 争点に対する判断」の「三 争点2(慰謝料の金額)について」に説示のとおりであるからこれを引用する。
控訴人は、控訴人が前記認定のような行為に出たのは、被控訴人が控訴人に対し恋愛感情を抱いているとの誤信に基づくもので、控訴人がそう誤信したことについては被控訴人にも責任があるから、これを慰謝料額の算定において考慮すべきである旨主張するけれども、前記認定の事実関係からすれば、被控訴人が博士課程に進学した平成七年四月まで被控訴人が自己の指導に当たってくれた控訴人に恩義を感じ、かつ師弟間における信頼関係の形成を望んでいたことが明らかではあるものの、それ以上の感情や態度をもって接していたとまでは認められないし、被控訴人が博士課程に進学後もこの基本的姿勢には変わりがなかったものであるところ、控訴人において、被控訴人が不安神経症に罹患していることを知ってからは、これを奇貨とし、被控訴人をして控訴人の意思に逆らえないように仕向けた挙げ句、肉体関係を結ばせるまでに至っているのであって、被控訴人が控訴人に対して恋愛感情を抱いているものと誤信したものとは到底認められず、控訴人の右主張はその前提を欠き、採用できない。
本訴に至る経緯、控訴人の応訴態度、本件の難易性の程度、慰謝料認容額等の事情を考慮すると、控訴人が負担すべき被控訴人の弁護士費用は、第一、二審着手金及び報酬金の合計として一五〇万円とするのが相当である。
四 よって、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し、慰謝料七五〇万円と弁護士費用一五〇万円及びこれらに対する遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容すべきであり、その余は失当として棄却すべきであるから、控訴人の本件控訴は理由がないので棄却することとし、附帯控訴に基づき原判決を一部変更することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 武藤冬士乙 裁判官 木下徹信 裁判官 衣笠和彦)